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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)721号 判決

控訴人 佐世保宅建株式会社 当事者参加人 山口吉次

被控訴人 田川増五郎

主文

一  参加人は被控訴人に対し、原判決(更正決定を含む)別紙目録記載の土地につき、長崎地方法務局佐世保支局昭和二九年一〇月八日受付第七、五三三号をもつてなされた訴外川中潔のための所有権移転請求権保全の仮登記、同三八年五月四日同支局受付第三、八八三号をもつてなされた右仮登記の控訴人への移転の付記登記、同年一〇月九日同支局受付第八、九四九号をもつてなされた右登記の参加人への移転の付記登記の各抹消登記手続をせよ。

二  控訴費用中参加により生じた分は参加人の、その余は控訴人の負担とする。

事実

控訴人及び参加人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項同旨及び訴訟費用は控訴人の負担とする旨の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

参加人において「(一)本件土地につき訴外川中潔が昭和二九年一〇月七日売買予約を原因とし、翌八日所有権移転請求権保全の仮登記をなし、同訴外人は昭和三八年五月二日この請求権を控訴会社に譲渡し、同月四日その譲渡につき仮登記の付記登記を経由し、参加人は昭和三八年一〇月八日控訴会社から仮登記を経た右所有権移転請求権の譲渡を受け、翌九日長崎地方法務局佐世保支局受付第八、九四九号をもつて、右権利の移転につき仮登記の付記登記を経たので、控訴会社と被控訴人間の本件訴訟に、当事者として参加する。

(二)本件公売処分にはつぎのとおり明白な誤りがある。

(1)本件土地は農地法第三条の適用を受くべき畑である。これが公買申込みにあたつては、県知事の公買適格証明書を提出し、更に所有権移転登記に際しては、その許可書を要するところ、本件公売処分は右の必要手続を無視して行われた無法な公売処分である。すなわち、公売処分としての、売却決定は、地目畑として昭和三三年六月一八日に実施され、その後同年七月一〇日公買人松田茂雄の代位申告に基づき、地目を宅地に変更し、即日長崎県労働民生部保険課長の代位嘱託により、宅地に地目変更の登記がなされた。かりに本件土地が公簿上のみ畑で、現況宅地であつたとしても、一応農地法の適用を受けるので、前示必要手続を履践すべきものであるのに、この手続を採らない公売処分は無効である。(2) 本件土地に仮登記の存することを公売執行庁が知つたのは、公売後の昭和三六年二月である。従つて執行庁が公売当時の仮登記権利者になんらの通知をしないで、公売を実施したのは当然のことである。旧国税徴収法第二三条の二第一項の規定に違反して、無体財産権者である仮登記権利者になんらの通知をしないでなされた公売処分は違反である。(3) 以上の理由により本件公売処分は無効であるから、公売によつて仮登記された権利は消滅することなく、参加人は依然仮登記権利者である。これに反し、公買人たる訴外松田茂雄は本件土地の所有権を取得せず従つて同訴外人の譲受人である被控訴人も本件土地の所有者ではないから、被控訴人の請求は棄却さるべきである。(4) 本件公売当時参加人は本件土地につきなんらの権利を有しなかつたことは認める。なお本件土地上には、一四、五年前から家屋が存在している。」と述べ、丙第一号証ないし第八号証(二、四号証以外はすべて写)を提出し、控訴会社は「本件訴訟からの脱退を申出で」、丙第二、四号証の成立、その余の丙号各証は原本の存在とその成立を認め、被控訴人は、「控訴会社の右脱退の申出に同意しない。参加人が主張のように仮登記の付記登記を経たことは認めるが、控訴会社の仮登記上の権利は存在しないので、同会社から参加人への譲渡は仮装無効のものである。よつて参加人に対し主文第一項のとおり登記の抹消を求める。参加人の主張はすべて理由がない。」と述べ、丙第二、四号の成立を認め、第五号証は原本の存在及びその成立を認め、その余の丙号各証は、原本の存在並びに成立とも不知と述べた外は、原判決に示してあるとおりである。

理由

一、当事者間に争いのない事実と成立に争いのない丙第二号証、及び原本の存在並びにその成立に争いのない丙第五号証によれば、佐世保市戸尾町七〇番四宅地(旧地目畑)三六坪は、元長医事業合資会社の所有であつたところ、同会社は昭和二九年一〇月七日債権者川中潔に対し負担した債権額金二、三四六、二〇〇円、弁済期同年同月三〇日の債務を担保するため同土地に抵当権を設定し、翌八日長崎地方法務局佐世保支局受付第七、五三二号をもつて抵当権設定登記を経由するとともに同月七日売買予約を原因とし、予約権利者川中潔のため、右抵当権に劣後し、同月八日右支局受付第七、五三三号をもつて、同土地の所有権移転請求権を保全するため、仮登記を経由したところ、同合資会社の厚生年金法の徴収金等の滞納のため、厚生省(主管は長崎県労働民生部保険課)は昭和三二年九月一八日本件土地を当時施行の旧国税徴収法の国税滞納処分の例によつて差押え、昭和三三年三月八日前示佐世保支局受付第一、二九三号をもつて、その登記を経て公売処分を追行し、同年六月一八日松田茂雄を公買人として売却決定し、同人が買受代金を支払つたので、同年七月一〇日右支局受付第四、五八七号をもつて同人の所有名義に所有権移転登記の嘱託をなして登記を経たこと、被控訴人は昭和三三年七月一〇日松田茂雄から本件土地を買受け即日同支局受付第四、五八八号をもつて所有権移転登記を受け、現在同土地の所有者であるところ、前示川中潔は前示公売処分にもかかわらず、なお前示仮登記を経た本件土地所有権移転請求権を有するとして、昭和三八年五月二日右請求権を控訴会社に譲渡し、同月四日同支局受付第三、八三三号をもつてその旨仮登記につき移転の付記登記を了し、控訴会社は同年一〇月八日更に右請求権を参加人に譲渡し、同月九日同支局受付第八、九四九号をもつて、右付記登記済みの仮登記につき、移転の付記登記を了し、現に参加人が仮登記名義人であることの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

二、よつて前記滞納処分の例による本件公売処分によつて訴外川中潔の有した、仮登記によつて保全された所有権移転請求権が消滅したかどうかについて判断する。

滞納処分の例による不動産の差押え登記がなされる以前に、すでに同不動産所有権移転請求権保全の仮登記が存する場合は、仮登記された右請求権は、公売処分によつて当然に消滅することはないが、右の仮登記前に、差押え不動産上に、公売処分によつて消滅する抵当権設定の登記が存するときは、仮登記は登記を経た右抵当権に対抗できないので、公売処分によつて抵当権が消滅するかぎり、この抵当権に劣後する仮登記された所有権移転登記請求権も、また公売処分によつて消滅するものと解すべきである。ところで本件の仮登記は前記川中潔の抵当権に劣後することは前認定のとおりであるから、川中潔の有した仮登記済みの本件土地所有権移転請求権は、前示公売処分によつて消滅したものといわなければならない。これに反する参加人、控訴会社の意見は採用しがたい。

三、ところが、参加人及び控訴会社は、本件滞納処分手続において、処分庁は仮登記権利者たる川中潔になんら通知をしないで、公売処分をなしているが、この処分は旧国税徴収法の規定に違反し無効であると主張するが、同法には仮登記権利者に右にいうような通知をなすべき旨の規定がないので、かりに仮登記権利者たる川中潔に通知をしなかつたからといつて、公売処分の違法をきたすものではないので、右主張は理由がない。

四、本件土地は農地であるから農地法第三条の適用があるのに、公買人松田茂雄は所有権移転につき県知事の許可を受けていないので同人は本件土地の所有権を取得しないという抗弁について。

前記丙第二、五号証によれば、本件土地は元畑であつたが昭和一〇年五月一〇日宅地に地目変換されたまま地目変更の登記がなされずに、登記簿上は依然として畑として登記されていたため、本件公売処分手続においても、地目畑と表示され売却決定となつたので、公売処分を担当した長崎県労働民生部保険課長において、代位により地目を宅地に変更登記の嘱託をなして、その登記を了したことが認められ、これに反する証拠はない。しかして農地法第三条は現況農地である土地について適用され、たとえ公簿上畑であつても現況宅地である場合は、同土地の公売処分による所有権の移転には適用されないことは言をまたないから、本件公売処分につき農地法第三条の適用あることを前提とする参加人の抗弁は失当である。

五、本件公売の目的物は、本件土地所有権であつて、訴外川中潔が仮登記によつて保全した同土地の所有権移転請求権ではないから、旧国税徴収法第二三条の二第一項の適用される余地がないので、同条項の適用あることを前提とする抗弁は理由がない。

六、参加人が控訴会社から昭和三八年一〇月八日本件土地所有権移転請求権を譲受けたとして、翌九日長崎地方法務局佐世保支局受付第八、九四九号をもつて、右仮登記上の権利移転の付記登記を経由したことは、前認定のとおりであり、参加人への譲渡人である控訴会社の前主(同会社への譲渡人)たる訴外川中潔の仮登記を経た権利は、本件公売処分によつて消滅したことは、先に説示したとおりであるから、同訴外人の譲受人である控訴会社は仮登記された権利を有しないし、また同会社の譲受人である参加人もまた、仮登記された権利を有しないことが明白である。

七、訴外川中潔が昭和二九年一〇月八日当時の本件土地の所有者長医事業合資会社を登記義務者とし同土地につき所有権移転請求権保全の仮登記をなし(この点丙第二号証によつて認める)、同訴外人は前認定のとおり公売処分によつて消滅に帰したこの請求権を控訴会社に、同会社は同請求権を参加人に譲渡し、各譲渡により仮登記につきその各移転の付記登記を経由した本件のごとき場合において、同土地の所有者である被控訴人は現在の仮登記名義人である参加人のみを相手方として主登記である仮登記及び右付記登記の抹消登記手続を請求しうるものと解する(同旨昭和一二年(オ)第二二六三号、昭和一三年八月一七日大審院第三民事部判決、一七巻一六〇四頁)ので、被控訴人の当審における新請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 佐藤秀)

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